確証バイアス について (Confirmation Bias)

ロンドンを象徴するイギリス最大の時計台ビッグ・ベン
イギリスの British Broadcasting Corporation 放送の Luther を見ていると、ロンドンで刑事をしている主人公の Luther が容疑者の女性に、” Do you know confirmation bias?”と問いかける場面があった。たまたまこのサイトを修正しているとき、” confirmation bias” について言及したので、印象に残っていた。
“confirmation bias” を Encyclopaedia Britannica Online は “Confirmation bias, the tendency to process information by looking for, or interpreting, information that is consistent with one’s existing beliefs. This biased approach to decision making is largely unintentional and often results in ignoring inconsistent information.”と説明している。訳してみると、「確証バイアスとは、自分の持っている信念と一致する情報を求めたり、解釈することで情報を処理する傾向。このような偏向した意思決定の方法は、主に無意識的なものであり、しばしば自分の信念と矛盾する情報を無視する結果となる」平たく言えば、人は自分の持っている信念と同じような情報を好んで受けいれるということになる。
また www.psychologytoday.com では次のように説明している。
” Confirmation bias occurs from the direct influence of desire on beliefs. When people would like a certain idea or concept to be true, they end up believing it to be true. They are motivated by wishful thinking. This error leads the individual to stop gathering information when the evidence gathered so far confirms the views or prejudices one would like to be true.”
(訳) 確証バイアスは信念に対する欲求から起こる。人々はあるアイデアや概念が真実であって欲しいと思うとき、結局それが真実であると最後には信じる。それらは欲求思考に誘導される。これまで集めた証拠が真実であって欲しい見解や偏見を確証するとき、この過誤は情報を収集することを止めさせる。
Wikipedia は確証バイアスを次のように説明している。「認知心理学や社会心理学における用語で、仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと。認知バイアスの一種。また、その結果として稀な事象の起こる確率を過大評価しがちであることも知られている」
確証バイアスの事例は、私の認識方法を考えても、真実だと分かる。様々な情報を得て、自分に都合のよい情報だけが頭に残っているからである。私たちは、情報処理にはかなり気をつける必要がある。疲れていたり、うつ状態の時に、重大な意思決定をすることは危険である。自分の結論に合うような情報ばかりを集めて、意思決定するとほとんど失敗するであろう。自分の信念に合わない情報にも努めて触れる努力をすることは、公平な情報処理にはもっとも重要なことであろう。
私が確証バイアスを抜け出るには、どうしたらよいかと模索していたとき、又吉直樹さんの『夜を乗り越える』(小学館、2016年) という本の中で、なるほどと思う文章に出会った。次に引用するので、興味ある方はこの本を購入して読んでみてください。きっと何かを悟ると信じています。
だから、シンプルな「共感しました」が怖いです。共感できるものしか応援しない。一度は疑ってみてもいいかもしれません。それでも対抗できない意見であれば、また別の言葉から言葉をぶつけてみる。それを繰り返せばどんどん考えは強くなります。ひとつの物語の中でそういうことをやっている小説はたくさんあります。その物語を読むことは、ひとつの言葉を知るより、実際に、直接役に立ちます。(122ページ)
又吉さんは私よりかなり年少な方ですが、人生や小説について深く考えておられます。私のような死期が近づいた老人にも、何かを与えてくれます。まだまだ、この世は捨てたものではないようです。残された日々を、このような才能ある若い方と本で交流できれば、嬉しいかぎりです。


