現代と昔の指導者たち (Modern and Ancient Leaders)
2021 年実施の慶応義塾大学 (総合政策) の英語入試問題に、指導者の資質に関する英文が使用されている。かなり難解な英文である。英文の趣旨は、過去の指導者と比較して、今日の指導者について考察するものだが、深く考えさせられるものがある。
英語入試問題全体には 、3 つの英文があるが、指導者に関する英文は、問題 III である。指導者の選択は、以前はボトム・アップ式 (同僚や地位の低い人が選ぶ) であったが、今日では上司が決めるので、能力のない指導者も、たまには誕生することになる。
この文章全体が興味あるものであるが、特に下記の部分が、この英文の論旨を明確に表現しているので、この部分を精査してみよう。
In past environments humans knew their leaders personally and there was no distinction between people's private and public lives. As a consequence, our minds may have difficulties separating the role of the leader from the person occupying this role in modern organizations. In the past, information about people's personality and their personal norms, values, and ambitions were critical in determining whether they should get the chance to lead the group because this was the only information available. In the modern world we crave this information, but we do not often get it. We are quite aware that, for instance, middle-level managers have only limited influence because they are following orders of senior management. Because our psychological machinery is not very well adapted to these complex, multilayer hierarchies, we hold them personally accountable for any decisions that are harmful to our interests ("My boss is a nasty person"). Making trait inferences about leaders is called the "leader attribution error", and it might well be another aspect of our evolved leadership psychology, resembling a possible mismatch.
(訳) 過去の状況においては、人々は指導者を個人的に知っていたし、人々の個人生活と公的生活に区別はなかった。その結果、現代の組織の中では、指導者の役割とその役割についている人を区別することは困難かもしれない。過去には、人々の個性と彼らの個人的規範、価値観、野心の情報は、これが手にできる唯一の情報であったがために、彼らが集団を導く機会を得るべきかどうかを決定するのに、非常に重要であった。現代社会では、私たちはこの情報を渇望するが、しばしば得られない。例えば、中間管理職は、上級管理職の命令に従っているので、限定的な影響力しか持っていないことを、私たちはよく気付いている。私たちの心理的機構が、これらの複雑で多層的な階級組織に十分になれていないので、私たちの利益に反する決定は、指導者個人に責任があると考えてしまう (私の上司はいやな奴だ)。指導者についての特性推論することは、「指導者の帰属的過ち」と呼ばれており、起こり得る食い違いに似ている、進化した指導者心理のもう一つの面であろう。
例文中の単語について
まず若干難解と思われる単語を見てみよう。"norm" は「基準、模範」の意味であるが、他にも「ノルマ」という意味を持つ。
"psychological machinery" という英語も解釈しにくい言葉であろう。簡単に言えば、「心理的な働き」を意味する。いわば心の働き方である。
"multilayer" は「多層からなる」という意味で、"hierarchy" 「階級組織」を形容する。
もっとも分かりにくい熟語は、"leader attribution error" であろう。この熟語は "fundamental attributional error” から造られたもので、個人の行動を説明するにあたって、気質的な面を強調しすぎて、状況的な面をなおざりにする傾向を意味する。すなわち、"leader" の行動を性格の面からだけ解釈して、状況のことを考えていないことである。これは過去の指導者像を、現代の指導者像を重ね合わせているから起きるのである。
全体の趣旨
最後の文にある "our evolved leadership psychology" が完全に理解できれば、文章全体が理解できたと言っても過言ではないであろう。これは人間が過去の指導者像を現代の指導者に当てはめる心理のことを言う。過去には指導者はボトムアップ で選ばれていたが、現代の指導者は、その上の階級の人から推薦あるいは指名されてなるのであるから、過去の指導者像を思い描いても当てはまらないことになる。
この文章は表面的な翻訳をしても理解できない。深く内容を把握していないと理解できないので、大学英語入試問題としては適した英文と言える。
そ れにしても慶応義塾大学の総合政策を受験する学生は、限られた時間内で難解な英文を理解し、さらに問題に答えなければならないので、相当の英語力を要求されることになる。日頃から問題意識を持ち、英文はもちろん日本文も深く理解する態度が必要であろう。