キーツのネガティブ・ケイパビリティとアレクサンダー・テクニーク (Keats' Negative Capability and Alexander Technique)

図解マインドフルネス (ケン・ヴェルニ著) 医道の日本社発行

図解マインドフルネス (ケン・ヴェルニ著) 医道の日本社発行

 英国のロマン派詩人ジョン・キーツ (1795 年-1821 年) は、1817 年 12 月 22 日に、弟であるジョージ・キーツとトマス・キーツに宛てて、次のような文章を送っている。

I had not a dispute, but a disquisition, with Dilke upon various subjects; several things dove-tailed in my mind, and at once it struck me what quality went to form a Man of Achievement, especially in Literature, and which Shakespeare possessed so enormously―I mean Negative Capability, that is, when a man is capable of being in uncertainties, mysteries, doubts, without any irritable reaching after fact and reason.

(訳) いろいろなテーマについて、論争ではなく、探求を、私はディルクと行った。いくつかの事柄が結びついて、すぐにどのような特質が業績のある人物を形成するか、それも特に文学において、という考えが心に浮かんだ。それはシェイクスピアが多量に所有しているものであるが、私が言いたいのは、ネガティブ・ケイパビリティのことである。すなわち、いらいらして事実や論理に到達することなしに、人が不確実なことや神秘や疑念の中に、とどまる能力を所有していることだ。

 ここには、キーツが唱えるネガティブ・ケイパビリティの思想が、明瞭に表現されている。「いらいらして事実や論理に到達することなしに、人が不確実なことや神秘や疑念の中にとどまる能力」と、キーツはネガティブ・ケイパビリティを定義している。私はロマン派詩人の専門家ではないので、ネガティブ・ケイパビリティを専門家がどのように論じているか知らない。ただ、自分の日常に照らして、詩人が直感で到達した納得できる思想であると思う。

 そういえば、先日、1 ヶ月に 1 度通う病院に行く途中、ある本屋さんに寄ったが、そこで帚木蓬生氏の『ネガティブ・ケイパビリティ』(朝日新聞出版、2017年) があった。購入して一読したが、深く納得させられた。

 不確かな状況に永く止まることは、人は不得手である。何でもいいから結論を出して、安心したい動物である。黒か白か、敵か味方か、利益になるか不利益になるか、が人には重要なこととなる。いろいろな葛藤の中で、どっしり構えることは、よほどの大人物でなければ困難である。それは私や周囲の人たちの行動を考えても言える。深く考えないで、すぐに結論を求めていく。おそらくそれは学校教育で培われた習性であろう。学校では、すぐに「正しい答え」に辿り着かなければ、落第になるからである。

 そのような人間の性急さを、アレクサンダー・テクニークは、戒めている。アレクサンダー・テクニークとは、 Frederick Matthias Alexander (1869 年-1955 年) が、身体の動き、感覚についての気づきを鋭敏にすることによって、自己についての学び、身体を再教育することを目指すものである。

 アレクサンダー・テクニークでは、性急に結果を求める心的態度を、「エンドゲインニング」と形容している。原因と結果だけを重視するのでなく、プロセスを考慮して行動することを提唱する。

 以前、アレクサンダー・テクニークに興味を持って、いろいろな本を買い、研究したが、「縁なき衆生」だったためか、理解できなかった。ただエンドゲインニングの弊害だけは、今でも覚えている。

 アレクサンダー・テクニークは、本で覚えても身につかず、先生について体感することが重要であると説く。私もその言葉を信じて、数回、京都在住の専門の先生に教えを請うたが、結局は体感できなかった。感覚的にもう少し鋭敏であれば、何かを得たのではないかと思われる。あるいは年齢的な問題もあったと思う。私がアレクサンダー・テクニークの先生に習ったのは、50 代の後半で、すでにみずみずしい感覚はなかった。

 ただ、キーツのネガティブ・ケイパビリティの言葉を聞くたびに、アレクサンダー・テクニークのエンドゲインニングへの戒めを思い出す。それは結果を性急に求めず、プロセスに注意を向けなさいという、詩人キーツの教えかも知れない。

アレクサンダー・テクニークに関する参考資料

(翻訳)

片桐ユズル(訳)『アレクサンダー・テクニークの学び方 体の地図作り』(誠信書房、1997年)

芳野香(訳)『アレクサンダー・テクニークにできることー痛みに負けない「身体の使い方」を学ぶ』(誠信書房、1999年)

片桐ユズル(訳)『ひとりでできるアレクサンダー・テクニーク』(誠信書房、2006年)

小野ひとみ(監訳)『音楽家のためのアレクサンダー・テクニーク』(春秋社、2009年)

玉嵜敦子(訳)『実践アレクサンダー・テクニーク』(産調出版、2010年)

風間芳之(訳)『実践アレクサンダー・テクニーク 自分を生かす技術』(春秋社、2011年)

(日本人著者の本)

芳野香『アレクサンダー・テクニックの使い方ー「リアリティ」を読み解く』(誠信書房、2003年)

北川耕平『能力を出しきるからだの使い方 アレクサンダー・テクニーク入門』(ビイング・ネット・プレス、2006年)

谷村英司『からだを解き放つアレクサンダー・テクニーク  体・心・魂を覚醒する』(地湧社、2007年)

小野ひとみ『アレクサンダー・テクニーク やりたいことを実現できる<自分>になる10のレッスン』(春秋社、2007年)