神経科学と芸術 (Neuroscience and Art)
Nautilus (April 2022) という雑誌に、"Neuroscience Gets in the Way of Appreciating Art" (神経科学は芸術鑑賞の邪魔をする) という刺激的なインタービュー記事が掲載されていた。話を聞いて文章化した筆者は Nautilus の Kevin Berger という記者で、聞く相手はカリフォルニア哲学教授の Alva Noë である。Alva Noë は認識と意識の理論化を専門としているアメリカで屈指の哲学者である。
"neuroscience" は「神経科学」と訳されているが、『ジーニアス英和大辞典第5版』(大修館書店、2014年)を引いてみると、「神経生理学・神経化学など神経系の構造・生理機能・生化学に関する研究分野」と説明されている。 (因みに、現在大修館書店から『ジーニアス英和大辞典第6版』が出版されている)
Encyclopedia Britannica Online を参考にしてみると、"neuroscience" という項目は見当たらず、"neurology" の項目を参照するようになっている。そこで "neurology" の項目を見てみると、"neurology, medical specialty concerned with the nervous system and its functional or organic disorders. Neurologists diagnose and treat diseases and disorders of the brain, spinal cord, and nerves" (神経学、神経組織とその機能や器官の障害を扱う医学研究分野。神経科医は脳や脊髄や神経の病気と不調を診断し治療する) という説明がある。
さてAlva Noë の主張を聞いてみると、神経科学者たちの人間観が貧弱であるから、人間とは何かを深く考えることが、彼らには重要であると述べている。神経科学研究者が考えている「人間はコンピューターである」の理論は間違っているということである。
Neuroscience desperately needs to develop richer, more positive ways of understanding what it is to be human.
(訳) 神経科学は、人間であることはどういうことかを理解する、より豊かで積極的な方法を必死に作り出す必要がある。
さらに Alva Noë は、神経科学に芸術を鑑賞する能力はない、何故なら、芸術作品と他の認識刺激を区別することができないからである、と論じている。
Neuroaesthetics doesn’t have the resources to differentiate works of art from other perceptual stimuli. It essentially investigates a class of stimuli that it arbitrarily calls art.
(訳) 神経美学は、芸術作品と他の知覚刺激を区別する方策を持たない。神経美学は、本質的には、恣意的に芸術と呼んでいる刺激の類を研究しているのだ。
神経美学 (Neuroaesthetics) という聴き慣れない言葉が出てくるが、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ生命科学部 シニアリサーチフェローの石津智大氏が、次のように明確に説明をされている。「美学的体験の脳機能や,芸術的創造性に関係する脳の仕組みを研究する認知神経科学の一分野である。誕生から 10 余年の比較的新しい分野だが,美学的体験や芸術についての認知神経科学・心理学的アプローチは各国の研究機関でも重視されている」。この研究分野の誕生からあまり日が経っていないので、Encyclopedai Britannica Online でも掲載されていないのであろう。
さて Alva Noë の主張に戻ると、芸術作品の経験は、創造的で生産的なものであり、このような視点は神経科学にはない。
The act of reflecting on your experience is creative and productive, in the way that aesthetic experience is.
(訳) (美的な) 経験を熟考する行為は、美的経験のやり方で、創造的で生産的なものである。
最後に、Alva Noë は芸術作品を鑑賞する目的は従来の慣習を打ち破ることだとしている。
We might not be doing it consciously, but we’re breaking our own habits of thinking and looking and labeling and trying to see something in a new way. To see in a new way is to be a new kind of person. We use art to evolve ourselves.
(訳) 私たちは、自分自身に問いかけることを意識的にしていないかもしれないが、思考、観察、区分けという習慣を破り、新しい方法で見る試みをしている。新しいやり方で見るということは、新しい人間になることである。私たちは自分自身を進化させる方法を用いているのである。
神経科学は、「人間は脳である」と人間を捉えて、人が自ら変革する能力を見逃しているのかもしれない。人間は単なる刺激と反応の動物ではないことは、明らかであろう。